学会発表 / 症例報告
医療系症例報告・学会発表で押さえる必須作法
初めて症例報告を学会発表する医師向けに、準備の全体像、抄録の作り方、スライド作成の要点を整理します。 ここでは、誰が指導しても大きく変わりにくい「必須作法」と、症例や指導医によって調整される「好みの作法」を分けて扱います。
作り始める前に決めること
全体の流れを把握してから準備する
学会発表は、演題登録と抄録提出から始まり、採択後にスライド作成、発表原稿作成、予演会、本番発表へ進みます。 多くの学会では発表の数カ月前に抄録締切が設定されるため、提出時点では症例のフォローや追加データが完全に揃っていないこともあります。 それでも、症例の特徴と発表の意義は早い段階で言語化しておく必要があります。
One sentence messageを決める
症例報告は、珍しい症例を提示するだけでは不十分です。 その症例から何を学び、明日以降の診療にどう活かせるのかを一文で表す必要があります。 この一文が、発表全体の軸になる One sentence message です。
One sentence messageがないまま抄録やスライドを作ると、背景、経過、考察が情報の羅列になり、聴衆には「結局何を学べばよいのか」が残りません。 反対に、最初にメッセージを決めておけば、必要な情報と削る情報を判断しやすくなります。
指導者と早めにすり合わせる
初学者がつまずきやすいのは、その疾患や病態の「通常」がまだ十分に見えていない点です。 通常が分からなければ、今回の症例のどこが特別なのかも判断しにくくなります。 One sentence messageは自分だけで決めず、指導者と相談して、通常と異なる点、教育的意義、発表の焦点を確認してから準備を始めます。
生成AIは壁打ちに使う
ChatGPTなどの生成AIは、タイトル案、抄録の言い回し、構成の確認に有用です。 ただし、文献確認、医学的妥当性、個人情報の扱いは発表者と指導者が責任を持って確認します。 AIは代筆者ではなく、思考を整理するための壁打ち相手として使うのが現実的です。
抄録を作る
スライド構成を想像しながら書く
抄録は単なる要約ではなく、発表スライドの設計図でもあります。 背景、症例経過、検査所見、治療経過、考察、結論の各スライドに対応する文を意識して書くと、採択後のスライド作成が進めやすくなります。
考察を定型文だけで終わらせない
抄録の締めに「若干の文献的考察を踏まえ発表する」とだけ書くと、後から抄録を読んだ人には発表の意義が伝わりません。 学会後に検索で残るのは、スライドではなく抄録集の本文であることが多いです。 文献を数本確認し、簡潔でもよいので、その時点での考察や臨床的意義を抄録に含めます。
句読点と表記を統一する
「、」「。」を使うのか、「,」「.」を使うのかは、施設や学会の指定に従います。 重要なのは、本文中で混在させないことです。 数字、単位、略語、薬剤名、施設名の表記も最後にまとめて確認します。
スライド全体の原則
見やすさは信頼性に直結する
内容が優れていても、文字が小さい、情報が詰まりすぎている、配色がばらばらである、といったスライドでは聴衆は理解できません。 スライドの見やすさはセンスではなく準備です。 情報を絞り、余白を取り、図表で示せるものは図表にするだけで、発表の伝わり方は大きく変わります。
文字は少なく、図表は多く
スライドに、話す内容をすべて書く必要はありません。 聴衆がその場で読める量に絞り、詳細は口頭説明や質疑応答で補います。 複雑な経過、検査値の推移、鑑別の整理は、文章よりも表や図で示す方が伝わりやすくなります。
色とフォントは無難に統一する
色は2から3色程度に抑え、強調色の使い方を全体で統一します。 蛍光色や原色の多用は、強調ではなく読みにくさにつながります。 フォントも、ポップ体などの装飾的なものは避け、標準的で視認性の高い書体を選びます。
タイトル・COIスライド
タイトルスライドの記載漏れを防ぐ
タイトルスライドには、学会名、演題名、発表者、共同演者、所属を正確に記載します。 学会名は略称ではなく正式名称を用い、筆頭発表者の示し方、所属番号、共同演者の順序は学会規定と抄録本文に合わせます。
- 学会名は正式名称で記載する。
- 演題名は大きく、読みやすく配置する。
- 発表者、共同演者、所属の表記を抄録と一致させる。
- 所属番号を使う場合は、番号と施設名の対応を確認する。
COI開示は必ず入れる
学会発表ではCOI開示が必要です。 開示すべきCOIがない場合も、「本発表に関して開示すべきCOIはありません」と明記します。 タイトルスライドに含めるか、独立したCOIスライドを作るかは学会の指定に従います。
症例基本情報・現病歴・入院時現症
基本情報は症例に応じて取捨選択する
年齢、性別、主訴、既往歴は基本的に必要です。 家族歴、生活歴、職業歴、喫煙歴、内服歴は、One sentence messageとの関係で必要性を判断します。 薬剤性疾患なら内服歴、遺伝性疾患なら家族歴、呼吸器疾患なら喫煙歴や職業歴が重要になります。
現病歴は「前回までのあらすじ」としてまとめる
現病歴は、患者がどのような経過で受診に至ったのかを聴衆に理解してもらうための導入です。 長すぎると本題に入る前に時間を使いすぎ、短すぎると患者像が伝わりません。 入院後経過や考察につながる情報を中心に、過不足なくまとめます。
日付と病院名は匿名化する
多くの学会では、症例報告で年月日や施設名の匿名化が求められます。 年月日は「X年Y月」や「第1病日」のように変換し、病院名は「A病院」「B病院」のように置き換えます。 匿名化の範囲は学会ごとに異なるため、必ず演題募集要項を確認します。
入院時現症は症例に合わせて粒度を決める
Vital signsと身体所見を分けて記載する形式が一般的です。 陰性所見まで広く書くか、関連する陽性所見を中心にするかは、症例の内容と指導者の方針で変わります。 重要なのは、診断や鑑別、One sentence messageにつながる所見を落とさないことです。
検査所見
血液検査はカテゴリごとに整理する
血液検査は、血算、生化学、凝固、免疫血清などのカテゴリに分けて提示します。 異常値は、上昇を赤、低下を青など、スライド全体で統一した色で示します。 数値だけでなく、単位と必要に応じて基準値も記載します。
画像所見では個人情報を完全に除く
CTやMRIなどの画像を載せる場合、患者ID、氏名、撮影日、施設名、イニシャルが残っていないかを必ず確認します。 スクリーンショットの画面端に文字情報が残ることがあるため、貼り付け後に拡大して確認します。
画像の条件と見てほしい部位を明示する
画像には「胸部CT axial像」「頭部MRI DWI」など、modalityと撮像条件を記載します。 所見が分かりにくい場合は、矢印、三角印、拡大枠を使って関心部位を示します。 画像中心のスライドでは、背景を黒にすると画像の視認性が上がることがあります。
治療経過
治療内容と効果指標を時系列で示す
症例報告では、治療前後の症状、検査値、画像所見、疾患活動性スコアなどを時系列で整理するスライドが重要です。 横軸は実日付ではなく病日で示すと、経過が直感的に伝わります。
治療は長方形や矢印で表す
薬剤投与、手術、処置、リハビリテーションなどは、長方形や矢印で期間を示します。 プレドニゾロンなど用量変化が重要な薬剤では、長方形の高さで投与量の増減を表すと分かりやすくなります。 略語を使う場合は、スライド下部などに薄いグレーで一覧を添えると本文の邪魔になりません。
必要なら本症例のまとめを挟む
経過が複雑な症例では、考察に入る前に「本症例のまとめ」スライドを入れると聴衆が情報を整理しやすくなります。 まとめスライドでは、診断に至る根拠、治療反応、既報と異なる点を端的に示します。
考察
考察は文献に基づいて組み立てる
単一症例報告の考察では、既知の情報を文献に基づいて整理し、そのうえで本症例の新規性や教育的意義を示します。 自分の印象だけで文章を並べるのではなく、疾患の定義、一般的な症状、鑑別、検査の特徴、既報との比較に引用を付けて進めます。
基本の流れは「一般論」から「本症例ではどうだったか」です。 この対比を考察内で繰り返すと、本症例のどこが通常と異なり、何を学べるのかが伝わりやすくなります。
同様の報告は表で比較する
同様の症例報告がある場合は、年齢、性別、主症状、検査所見、治療、転帰、本症例との違いを表にまとめます。 今回の症例が世界初なのか、数例目なのか、ある程度知られた現象なのかによって、聴衆の受け止め方は変わります。 レア度と既報との差分を明確にすることが、症例報告の価値を高めます。
最後はOne sentence messageに戻る
結論では、最初に決めたOne sentence messageへ戻ります。 「この症例から何を学ぶべきか」を一文で再提示し、背景、経過、検査、治療、考察が同じ方向を向いていたことが分かる形で締めます。